左:神戸が本拠地であり、「神戸の伯爵」を名乗り続けているわりには、このサイトのギャラリーで神戸を本格的に取り上げるのは初めてである。ということで、神戸の中でも伯爵の原点中の原点、旧外国人居留地地区の紹介となる。まずは震災後もかなり近代建築を意識した様式主義的な建物として再建された大丸神戸店の夜景。トーアロード側正面玄関から西面、つまりトーアロード側のファサードを見る。玄関両脇のジャイアントオーダーもドーリア式の柱頭を持つエンタシスの柱になっている。震災前の旧大丸神戸店が戦前建築ながら村野藤吾設計のモダニズムスタイルだったとこと思うと、現在のビルの方が様式的なのだ。旧居留地内に立地することを非常に意識した正しい姿勢であるといえよう。
右:外壁には大丸のシンボル、ピーコックのレリーフがある。モダニズム建築ではあり得ない装飾である。
上:大丸神戸店南別館“ジーニアスギャラリー”。フランス人建築家の作品だけあって、色使いが非常にシック。
左:大丸と同じ日に撮影した、二千一年の神戸ルミナリエ。
右:国の重要文化財である旧居留地十五番館前横の広場(私有地)に設置されている銅像。タイトルは「おしくらまんじゅう」なのだが、僕にはどうしても阿鼻叫喚地獄にしか見えない。しかし居留地を案内してそう解説すると、皆さんも以降必ず「阿鼻叫喚地獄像」と呼ぶようになって、風太なんか一時期携帯の壁紙にしていたぐらいだから、誰の目にもそう映るのであろうσ(^◇^;)。しかしこうやって見ると、「発展場集団乱交の図」に見えないこともない(^_^;)。
左:阿鼻叫喚地獄像全景。参照⇒![]()
右:重要文化財旧居留地十五番館。現在はカフェレストランになっているこの建物、元々は明治十三年、亜米利加合衆国総領事館として建てられたコロニアルスタイルの木造洋館である。レトロ建築だらけの旧居留地にあっても最古参であるだけではなく、実は実際に居留地時代からの建物はこれ一棟のみ、あとは全て居留地消滅後の建物なのである。阪神大震災ではペシャンコにひしゃげたが、当時既に重文に指定されていたので、大変な手間をかけてできるだけオリジナルの部材を用いて再建されたもの。
上:大丸百貨店神戸店本館裏に並ぶ、同店南一号館、二号館、三号館。二号館と三号館は外壁保存、一番右の一号館は全面保存で、現在は「旧居留地三十八番館」の名前で大丸の一部として使われている。元々はナショナルシティバンク神戸支店としてウィリアム・ヴォーリズの設計で昭和4年(1929)に建てられたもの。当初は古式エレベータの半円形時計式インジケーターや大金庫が残っていたのだが、現在は改装の為なくなってしまい惜しまれる。なお、この三棟、伯爵が居留地の保存運動に飛び込んだ千九百八十七年頃には二号館、三号館が商品搬入口、一号館が倉庫として使われ、かなりぼろぼろであった。神戸っ子で居留地の街としての価値、ここの建築の価値に理解があった当時の神戸店長だった長澤常務の協力もあり、このように美しく再生されたのである。現在居留地には沢山のオシャレ系店舗があるが、其の殆どは大丸のプロデュースである。なお、旧居留地では悪法である住居表示法が施行されていないので、これら十五番館、三十八番館などの番地は今でも十五番地、三十八番地である。居留地時代から不変なのだ。