
左:中京區麩屋町通御池下ル東側、京都の三大名門旅館の一つ、俵屋旅館。
右:その真向かい(西側)、柊家旅館。前頁の炭屋旅館を合わせ、この三つが非常に有名な純和風数奇屋造りの高級旅館なのだが、現在柊家のすぐ隣にマンション建設が強行されようとして、社会問題化している。

左:中京區三條通御幸町東入ル、昭和初期には超モダン建築であったろう、旧毎日新聞京都支局。建築家若林広幸氏により1928 ビルとして再生された。後姿はあらた少年(当時17歳)。その名の通り、昭和三年に武田五一の設計で建てられている。
右:正面から見上げる。大変な名建築であった大阪本社を破壊してしまった毎日新聞社だが、伝健地区三條通に面したこの旧京都支局はギャラリー、レストラン、イベントホールなどとして見事に再生された。

上:京都帝国大学建築学科を築いた初代教授武田吾一博士の設計で1927(昭和2)年に建てられた京都市庁舎。ネオ・ゴシック様式の荘重な名建築であるが、建替えの噂もちらほらと聞く。実に嘆かわしい。しかも河原町通を挟んですぐ東には、企業エゴで京都の街並みと景観を無神経に破壊し京都佛教會全体を敵に回したことで悪名高い京都ホテル(=ニチレイ)の醜悪極まりないビルが、東山三十六峰の稜線を無残に断ち切っている。