左:地方を旅すると、このような古い琺瑯看板に出会うのが楽しみの一つである。下の方にあるのは比較的最近の金融業者の広告。
中:別府という都市は大変規模の大きい温泉街で、湧出する温泉量も半端ではないようだ。マンホールや道端からも平気で湯煙が上がっている。ということで、奈良に行けば奈良ならではの「鹿に注意」の道路標識があるが、この「噴霧注意」の道路標識などまさに別府ならではのものであろう。
右:別府の各地獄は、坊主地獄以外は結束して組合を結成しているようだ。すごい名前の組合もあったものだ。
左:別府市は神戸に似た坂の街で、ちょっと行くとすぐに山の中に出る。これは外湯めぐりをしていた時、明礬温泉郷の湯ノ花採取場の近くで発見した謎のオブジェ。鳥居型の櫓を組んで、三十センチぐらいの長さの鉄道レールがぶら下げてあり、それを叩くためのハンマーも設置されている。つまり兎に角レールを叩いて音を出すという用途らしいのだが、それが何のためだかさっぱり判らないのだ。
中:なんだかすごい名前の旅館があったので、走行中の車内から撮影。三号線に次ぐ九州第二の幹線国道、十号線沿いである。
右:高さ百メートルを超すビーコンタワーという塔もあるのだが、こっちはレトロな風情が売りの別府タワーである。これも雨中の車内から撮影。
左・右:別府温泉の象徴、竹瓦温泉。別府温泉の外湯の中でも最も古く、もっとも大規模なもの。入り母屋造りに唐破風の玄関を持つ重厚な建築で、松山市の道後温泉本館と相通じるものがある。表に立ってるのは瓦斯灯で、赤い丸ポストも見事にマッチしている。明治の初期に竹葺きという珍しいスタイルで建てられたのが名前の由来だそう。昭和初期の改修を経て、現在に至っている。
左:竹瓦温泉の内部は明治の香りが漂う。普通の浴場のほかに砂湯もあって、僕はそちらに入ってみた。700円だから超お値打ちである。
右:旧別府電話局(現別府市立児童館)。別府カトリック教会の撮影中、偶然に発見。登録有形文化財の証標は掲示されているものの、その時点では由来は全く判らなかった。しかし僕の鑑定眼も大したもので、見ただけで「元は電話局、建築家は吉田鉄郎」と見抜いてしまう。後で調べてみたら案の定その通りで、我ながら驚いてしまった。京都の中京電話局とよく似た雰囲気で、逓信建築、中でも吉田鉄郎の作風がバリバリに現れていたのだから、仮にも近代建築史を専門にする僕なら判って当然ではあるのだが。竣工は1928(昭和3)年である。参照⇒京都篇![]()