左:路地は狭いだけでなく、鍵状に曲がっている。店舗は殆どが飲食店、それも一杯飲み屋系か安い定食屋が多い。
中:トンネルのような薄暗い通路にも店がある。
右:大阪でも滅多に見られないようなすごいセンスの店名。確かにスタミナが付きそうではある。

 

左:同じく、すごいキャッチコピーである。どんな料理なのだろうか?
右:通路が狭いだけに、頭上も配線などでごちゃごちゃ、火事になると怖い。実際数年前に火災があり、この貴重な歴史的街並みの一部が失われてしまっている。今の日本の行政ではこの街並みを現状のまま保存するという発想などありようもなく、いつまで残るか大変に不安だ。

 

左:新宿駅新南口の階段でタツヤ少年がものすごいポスターを発見!! 通信教育で有名なゼット会の広告なのだが、「これはネタじゃないのか?」、「これを見て『よし、俺はゼット会で頑張るぞ』って思う奴がいるのだろうか?」と二人して大いに盛り上がってしまった(^o^)。彼はアート系の専門学生だけあって、こーゆーいちびりのセンスが僕とすごく共通するのだ。だからこそ、18歳の歳の差なんか全然感じない仲良しでいられるのだろう。
右:そして新宿駅から中央快速線にのって御茶ノ水駅で下車、まずはニコライ堂である。東方正教会系に属する日本ハリストス正教会教団の本拠地、府主教座が置かれているカテドラル(大聖堂)で、正式名称は日本ハリストス正教会東京復活大聖堂である。明治期に“お雇い外国人”として来日、鹿鳴館の設計をしたことで著名なジョサイア・コンドルの作品。
※ロシアの工科大教授ミハイル・シチュールポフが基本設計を担当、イギリスの建築家ジョサイア・コンドルが実施設計と工事の監督に当たる。1884年(明治17)着工、7年後に完成。1923年(大正12)の関東大震災でドーム部分などが崩落。復興に際し、岡田信一郎は当時の先端技術コンクリートで補強した。62年(昭和37)に国の重要文化財に指定される。92年(平成4)から6年間、約13億円かけて修復工事が行われた。参照⇒

 

左:ニコライ堂前にて僕の写真を撮るタツヤ少年。彼もこの日は随分沢山都市景観の写真を撮っていた。
右:ニコライ堂の表札。