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左:銀座の裏通りには、まだ時折このような戦前の古いビルヂングが残っていて画廊やレストランなどが入ってる。既に完全に日が沈んでいたので外観は撮れなかったが、これは玄関ホールの天井レリーフとシャンデリア。実にいい雰囲気であった。
中:玄関ホールの床はモザイクタイルで埋め尽くされている。
右:地下のレストランへ下りる階段の親柱。この日の写真は以上。このあとはタツヤ少年と地下鉄で新宿に行き、実は同時期に東下りして「SMアスタロト空間」のSMオフ会に出席していたTなど「空気の部屋」つながりの皆さんと会食。更に僕は皆と別れてから大学の寮以来の悪友で今は毎日新聞東京本社政治部の記者をやっているK上と久し振りに再開、伯爵にとって二丁目で唯一の馴染みの店である「コンポジット」で終電ぎりぎりまで飲む。鈴木宗男の番記者時代の話は実に面白かった。そして国立に行き、一橋大学ドクターコースの学生をしている妹のところで一泊した。
※2003年9月26日追記。このビルの名前は銀緑館で、外観、エレベータの写真を「東京篇B」に掲載。

 

左:帰りがけ、中央線特別快速に乗る前に撮影した国立駅。中央線沿線、武蔵野地区はそこはかとなくわが阪神間に似た雰囲気があって関東ではわりと好きなエリアである。国立の駅舎もお洒落な三角屋根とアーチ窓の洋館であった。設計は河野某、竣工は大正14(1925)年である。
右:こちらも駅の写真である。言わずと知れた東京駅、1914年(大正3年)に辰野金吾博士の設計で建てられた赤煉瓦の大建造物である。

 

左:とにかく横に長い建物なので、よほどの広角レンズでもない限り全景を収めることはまず不可能。この日はイーゼルを立て絵を描いている人が沢山いた。
右:駅舎内のドーム天井。ただし東京駅は空襲で三階部分と本来の大ドームを喪失しているので(最近新聞に復元が決定したと出ていたので楽しみである)、この部分は敗戦後に修復された部分でオリジナルではない。


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