「日本テレマン協会第三百十五回マンスリーコンサート」
二千年三月二日
大阪倶楽部
コレギウム・ムジクム・テレマン
指揮&チェンバロ:中野振一郎
「ムジカ」の堀江マダムに頂いた招待券で、日本基督教団京都ビアン教会の信徒仲間でプロヴィオラ奏者&中世舞踏家であるA氏とともに、典雅なサロンでのバロックコンサートに行ってきた。
日本テレマン協会といえば、バロック音楽の演奏団体としては日本のトップであり、八十五年にドイツ・ライプツィヒで開催されたバッハ生誕三百周年記念国際音楽祭に日本から唯一招待されて参加した団体である。ドイツ連邦共和国文化省からは既に四回にわたり招聘され、渡独公演を行っている。バブル期に世界的な古楽ブームに便乗して降って沸いたように設立された東京のバッハ・コレギウム・ジャパンのような底の浅いミーハー団体とは年期が違う、関西の団体なのだ。六十三年に代表で指揮者・オーボエ奏者の延原武春氏により創設された室内楽の総合団体で、現在は現代楽器と古楽器の両方をこなす本邦唯一の演奏団体であり、バロック専門のプロ合唱団をも抱えている。
また「教会音楽シリーズ」の会場として大正期に建てられたフランス・ゴシック様式の大伽藍、我が故郷の丘に聳える夙川カトリック教会聖テレジア大聖堂を用い(玉造の現大阪カテドラル聖マリア大聖堂に移転するまで大阪大司教座であったためカテドラルの格式を有する)、マンスリーコンサートには天才建築家安井武雄の大正期の傑作である大阪倶楽部を使用している。即ち、今回の会場である。コンサートホール主体の東京と違い、真に文化の基層の厚い関西ならではの、サロンコンサートといえよう。僕も都市探検家倶楽部の主宰者として大阪倶楽部の大広間を借りて何度もフォーマルパーティーを催したことがあるが、紳士の社交倶楽部として建てられた重厚な建物の、華麗な天井装飾からシャンデリアが照らす空間は実に素敵で、いつ行っても魅了される。そこで我が国最高水準の演奏家によるバロックを聴けるのであるから、これ以上の贅沢はあるまい。
今年は大バッハの歿後二百五十周年ということで、世界的に「バッハイヤー」として様々な企画が立てられている。日本テレマン協会でもバッハに因んだプログラムをシリーズで組んでおり、当夜は「バッハvsテレマン〜ヴァイオリン協奏曲の腕比べ」というプログラムである。
まず前半はゲオルク・フィリップ・テレマンの「二つのヴァイオリンのための協奏曲ト長調」、そしてヨハン・ゼバスティアン・バッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV.1043」であった。全四楽章という古風な構成のテレマンの協奏曲では冒頭こそバランスの悪い部分も散見されたが、すぐに調子を上げていった。続く僕の大好きなバッハの協奏曲は全三楽章の全てがポリフォニックに処理されている難曲だが素晴らしい名演で、独奏ヴァイオリンの掛け合いに陶酔することが出来た。バロック・ヴァイオリンの優美な響き、ノンビブラートならではの繊細さが余すことなく生かされた演奏であった。
休憩を挟んで後半は、バッハの「三つのヴァイオリンのための協奏曲ニ長調BWV.1064a」と、テレマンの「三つのヴァイオリンのための協奏曲ヘ長調(ターフェル・ムジーク第二巻より)」である。バッハの第三楽章、三つの独奏ヴァイオリンが対等に個性的なメロディーを奏で合う見せ場の絡みも絶妙で、最後のテレマンも「食卓の音楽」の名の通り実に優美な演奏であった。
コレギウム・ムジクム・テレマンの演奏は、昨年末に神戸新聞松方ホールでブランデンブルク協奏曲全曲(指揮&ソロヴァイオリン:サイモン・スタンテイジ)を聴いて以来だったのだが、あの時の出来があまりよくなかった(第二番のナチュラル・トランペットがひどかった)ので実はあまり期待してはいなかった。しかし今回は「日本一のバロック演奏団体」の名に恥じない品格のある演奏であり、良い意味で期待を裏切られ、爽やかな気持で帰路に就くことが出来た。やはりバロックはモダン楽器より古楽器の方がしっくり馴染む。今後のコンサートにも大いに期待したい。
帰りがけ、会場でばったり会ったOGC(大阪ゲイコミュニティー)のH氏もお誘いして、三人で「ムジカ」の紅茶を楽しんだことは言うまでもない。


「大阪シンフォニカー第六十七回定期演奏会」
二千年三月九日
ザ・シンフォニーホール
大阪シンフォニカー
指揮:本名徹次
ピアノソロ:向井山朋子
僕の今年最初のザ・シンフォニーホールは、大阪シンフォニカーの第六十七回定期演奏会であった。言うまでもなく、ザ・シンフォニーホールとは日本一響きのいいホールとして国際的にも高く評価されている、関西が誇るコンサート専用ホールである。日本初の本格的クラシック専用ホールとして1982年10月14日に開館したのだが、即ち僕の18回目の生誕記念日であった。そんなこともあり、とりわけ愛着が深いホールなのである。
そして大阪シンフォニカーは、大阪フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、大阪センチュリー交響楽団とともに関西の五大メジャーオーケストラを構成する、プロのフルオケである。1980年に敷島博子女史によって設立されたまだまだ若い、そして活気溢れるオーケストラなのだ。
このコンサート、大阪シンフォニカーのホームページを通して自分から批評担当を志願したのである。自分で応募しておいてこんなことを言うのも何なのだが、僕にとって一番苦手な現代音楽オンリーのプログラム、はたしてまともな批評が出来るかどうか、かなり心配しながら座席に着いたのであった。
前回「メサイヤ」も大変にいい席を用意して頂いたが、今回もG列中央、指揮者の真後ろの七列めという最高の席であった(本名氏の影にティンパニーが隠れてしまい、花石氏の派手なパフォーマンスがあまり見れなかった点のみ残念であったが・・・・・・。)。こんな席に座ったのは生まれて初めて、感激ものである。
しかも僭越ながら僕が再々指摘させて頂いたことが効を奏したのか、楽員諸氏のファッションが著しく向上していた。いつもカマーベストは愚かカマーバンドもしておられなかった首席セロのギア・ケオシビリ氏が黒のオッドベストを着ていらっしゃったことなど、特筆に値する。勿論燕尾服には白のカマーベストというのがセオリーなのであるが、あのベストなら“許せる着崩し”の範囲でむしろお洒落に見えたぐらいである。
そしてプログラムであるが、三曲とも、一度も聴いたことがない曲であった。しかも現代作品である。聞き終わって感じたことは、やはりきちんと批評するなら事前に一度は聴くかせめてスコアに目を通しておきたかった、ということである。そして耳に馴染み易いとは言いがたい現代曲なのであるから、できれば作曲者にインタビューをした上で書きたかった、とも思う。
従ってこれから書くことは、「批評」というより素人の単なる感想に過ぎないものである。その点、あらかじめお断りしておくので、ご了承願いたい。
まず第一曲目は、故・芥川也寸志氏の舞踏組曲「蜘蛛の糸」。かつて黒柳徹子女史と共にNHKの人気番組「音楽の広場」の司会をされ、お茶の間でも人気のあった芥川氏の作品である。僕も中学高校時代、毎週楽しみに観ていたことをよく憶えている、楽しい番組であった。
題名から判るように、この舞踏組曲は氏の父である芥川龍之介の同名の小説にインスピレーションを得て作曲されたものである。プログラムによると、1968年にNHKの委嘱で書かれたとのこと。舞踏組曲というからには本来バレエの伴奏音楽なのであろうが、当夜の演奏会では勿論オーケストラのみによって上演された。但し指揮者登場後、演奏が始まる前に関西歌劇団の田中由也氏による小説「蜘蛛の糸」の朗読が入った。何度も読んだ作品だが、朗読を聞くと本当に短い作品であることに改めて気付かされる。
曲は、T前奏曲、U極楽の朝、V蜘蛛と健陀多、W血の地獄,X蜘蛛の糸、Y極楽の昼、以上の六部からなっている、らしい!! というのがスコアのない悲しさ、各楽章の間を全て休みなしで続けて演奏されたので、どこからどこまでが第何部だったのかさっぱり判らなかったのだ。そう、続けて演奏されるということ自体知らなかったので、最初のうちは「えらい長いプレリュードやなぁ」と呑気に聴いていてしまったのである(さすがにすぐに「これは続けて演奏しとるんや」と気付きはしたが・・・・・・。)。
かくなる事態であったので、全体としての感想を述べることしか出来ない。まず朗読、これは文句のない出来であった。プロのアナウンサーではなく声楽家の田中氏であるが、ベタベタした感情を排したストイックな口調は、芥川(父)の作品世界を語るのにぴったりであったといえよう。そして演奏が始まるのだが、本名氏はいつもながらのタクトなし、そしていつもながらの踊るが如く流麗な身振りで、音を一つ一つ明瞭に構築していく。静かに始まり、時折かなりな盛り上がりがあったが、ハープ二台にチェレスタも入るなど大勢エキストラが入っている編成にもかかわらず、いつものメンバーで演奏しているかの如く違和感のないサウンドで、聴いていて安心できる内容であった。難しい現代曲をここまでこなすのは、このオケの技量が相当上がっていることを示すのであろう。特にフルートのソロは秀逸であった。
休憩を挟まず、そのまま次の作品へと移ったが、ピアノを出すので若干の間が空いてしまった。この辺り、演出を少し考えるべきではなかったか? そして二曲目は、一柳 慧氏のピアノ協奏曲第二番「冬の肖像」である。ピアノソロは向井山朋子女史。不勉強にして存じ上げなかったが、オランダに在住し現代音楽を中心に相当な活躍をなさっている女流で、女史のために毎年沢山の作品が書かれ、従って多くの新作の初演をなさっておられる由。本作品は向井山女史の方から一柳氏に「出来るだけ難しい超絶技巧の曲を」との依頼があって書かれたものだそう。「蜘蛛の糸」と同じく1988年にNHKの委嘱で書かれ、当時の社会情勢を踏まえ、単なる冬ではなく「核の冬」即ち核戦争後の滅びの世界、絶対的な死滅としての冬、を表現されているとのこと。88年といえば僕は大学の4回生であったが、保守反動のレーガン政権の下、冷戦が高まり核の脅威が現実的に語られた時代であった。
この曲は、オーソドックスな三楽章構成のコンチェルトと異なり、全一楽章で作られている。但し全体には凡そ四つの部分から構成されており、決してずっと単調という訳ではない。そしてメロディアスで美しい旋律が用いられており、聴く者をして「現代音楽は解りにくい」というのはかなりの部分偏見に過ぎないということを理解せしめる、心で聴ける音楽であった。かといって解り易い、ということではないが。
なお向井山女史は、白いマントのような不思議な衣装を召され、おみ足は裸足であった!! ザ・シンフォニーホールのステージに素足で立ったソリストも珍しいであろう。そしてコンチェルトのソリストとしては極めて異例であろうが、楽譜を見ながらの演奏であった。ハンス・フォン・ビューロー以来の暗譜の伝統に固執するより、このような超絶技巧を要する曲はきちんと楽譜を見て演奏される方がいい、という信念をお持ちなのであろう。それには僕も賛同できる。
演奏が終ってオベイションが始まると、本名氏は客席に向かって立つよう合図された。何事かと驚いたら、何と作曲者一柳氏がご臨席であったのだ。氏もステージに上がられ、共に拍手を受けておられた。現代音楽を毛嫌いしていると作曲者同席のコンサートに立ち会うことなど出来ない。これは貴重な体験であった。
休憩を挟み、後半はオランダの作曲家ペーター・スハット氏の「『天国』〜オーケストラのための十二の交響的変奏曲作品三十七」の本邦初演である。一柳氏の登場は予期していなかったが、スハット氏のスピーチがあることはプログラムにも明記してある。楽員の登壇前に、通訳を務められる向井山女史と共にスハット氏が登場し、大きな拍手が沸き起こった。氏によると、本作品は十年前にニュージーランドのオヒワというところの海岸で、二十四時間ずっと太陽を見続けた経験を元に作られた曲だそう。
ピッコロトランペット、インドネシアのガムラン音楽に用いるような巨大な組銅鑼、マリンバなどの入った大編成である。吹奏楽部〜市民オケと随分永きに亘り演奏活動に携わってきた僕も初めて見る、チューバ用のミュートも凄かった。バケツのような大きさなのだ。そしてこの曲は天安門事件の犠牲者に捧げられたとのことであるが、確かに能天気な太陽礼賛といった曲ではなく、観念的、哲学的な香りに満ち満ちている。これも十二曲続けて演奏されたので第何変奏のどこがどうであったとはいえないが、トロンボーンやティンパニーは聴いていて大変気持良かった。
結局「眠くなる」どころか大変インタレスティングで、エキサイティングなコンサートであった。自分の現代音楽についての見方が、少しは変わったような気がする。会場の熱狂的な拍手は、この感覚が僕だけのものではなかったことを物語っているのであろう。とはいえ、アンコールに演奏された古い舞曲(スザート作曲レントゲン編曲「オランダの古い舞曲」)にホッとしたことも確かであるが。
なお、僕のような若造に快くサインして下さった一柳先生に、心より感謝致します。
(この批評は大阪シンフォニカー公式ホームページのために執筆したものに、若干加筆した。)



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